以前から、最初に買うコートはトレンチコートコートと決めていた。
トレンチコートの起源は第一次世界大戦のイギリス軍。
生地にはギャバジン(防水加工した綿生地)を用いる。
肩にはボタン留めのショルダーストラップと、腰回りに備え付けられているD鐶。共に手榴弾を挟んだり、吊り下げるための名残。元軍用だけに物騒だ。
防寒目的で、襟元にチン・ストラップと呼ばれる帯、手首にストラップを備える。
イギリスのバーバリーとアクアスキュータムの2社の製品がトレンチコートの元祖と言われる。
1980年代、トレンチコートの購入に際しては、殆どの場合、バーバリーとアクアスキュータムの二択を強いられたはずである。
まず、外見の比較。
バーバリーは全体的にゆったりめ、特に上半身は緩い感じ。対して、アクアスキュータムは全体的に締まっており、都会的なシルエット。どちらも捨て難い。
歴史の比較。
バーバリー。
1856年〜。
1879年に防水性に優れた新素材「ギャバジン」を発明。1888年に特許を取得し、1895年のボーア戦争の際にはトレンチコートの前身「タイロッケンコート」を生み出した。前はダブル、ボタンがなく、ウェストをベルトで締めるコートである。
続いて世界大戦中に軍からの要請を受けてトレンチコートを開発する。
アクアスキュータム。
1851年〜。
クリミア戦争時(1853年〜1856年)軍に採用され、世界大戦中を通して発展。1959年に発表された、「コットン100%」の防水素材「アクア5」という先駆的な防水生地を開発した。
どちらも伝統のブランド。
1985年当時、日本での知名度は、三陽商会の功績もあり、バーバリーの方が圧倒的に高かった。バーバリーについては、三陽商会のライセンス製品を安価に入手可能だったが、本物に拘りたいので、狙うは英国製。インポートは東京丸善が取り扱っていた。
一方のアクアスキュータムは英国製しかなかった。アクアスキュータムのライセンス製品が登場したのは、1990年のレナウンによる買収後である。その際、レナウンが行ったブランド戦略は酷いものだった。ライセンス生産、日本の女性歌手とのコラボ。アクアスキュータムの価値を下げまくった。
検討の結果、アクアスキュータムに決定。
勿論、その時は、レナウンに買収されるとは思ってもいない。
購入の決め手は、1942年に公開された「カサブランカ」。この作品で、ハンフリー・ボガートが着ていたのはアクアスキュータムのトレンチコートという説が有力だ。
有名な台詞「Here's looking at you, kid.」
カサブランカのボギーは完全無欠。
加えて、ボガートの私服はアクアスキュータムだったらしい。
アクアスキュータムは、1851年に、仕立て人ジョン・エマリーにより創業された。ブランド名の由来はラテン語で「水」を表すaquaと「楯」を表すscutumの2語を組み合わせた造語で「防水」を意味する。
1953年、エドモンド・ヒラリー氏のチームによるエベレスト登頂のため、時速100mileの突風に耐える”耐風生地”が開発された。その後「ウィンコル」という生地名称で、一般に販売された。エヴェレスト初登頂において、愛すべきロレックスとアクアスキュータムのコラボレーションが実現されたわけである。
1990年、残念なことに、この伝統のブランドが日本企業のレナウンに買収される。レナウンによって、ブランド価値はボロボロにされた。
スウォッチグループが、買収後のロンジンを二流に位置付けたが、これは戦略に基づき意図したもの。レナウンは違う。戦略を誤ったのだ。余談ながら、自分はロンジンの現在の地位を良しと思っている訳ではない。
2009年、レナウンは全株式を英国Broadwick Group Limitedに譲渡。ポイ捨というところか。
2012年4月17日、アクアスキュータムはかつての栄光を取り戻すことなく、敢えなく経営破綻。
同年、香港の衣料品メーカー、YGMトレーディングが買収。
とりあえず、ブランドは存続する事になったが、価値は地に落ちた。誠に残念な状況である。
当然、1985年当時はこのような惨憺たる状況になるとは予想だにしていない。カサブランカのボギーにシビレ、アクアスキュータムに決めたものの、どこで購入するかが次の課題。
銀座のテーラー壱番館が、アクアスキュータム社が日本のレナウンに買収される1990年まで輸入販売していた。それと同時に、三越でもアクアスキュータムを輸入販売していた。
三越では、ショート丈のみを扱っており、自分が知る限りレギュラーサイズを販売していたのは、壱番館だけだった。クラシックスタイルに拘るなら、レギュラー丈に限る。
こうして、1985年、銀座テーラー壱番館でアクアスキュータムを購入したのである。
現状のバーバリーやアクアスキュータムに対しては、かつての品質は望めない。今のところ復活の兆しは見えない。
トレンチコートは、もはや死んだも同然。もし、今新たにトレンチコートを買うのであれば、三陽商会と袂を分けたバーバリーの英国製一択のみとなるが、今のバーバリーでは所有欲に駆られない。
現在も所持しているこの古き良き1980年代ののトレンチコートは手放せない
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